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2004年12月11日 (土)

TWINZ-3大晦日開催/アングルスタート

第一部 ~復活!炎の飛龍!!~

TWINZ-2 ワールドトーナメント」において、8人参加によるトーナメントの激戦を制し、見事優勝したのは、
バイソンきまら新1号」であった。

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きまらは、反則やりたい放題、暴れたい放題の「ヒール(悪役)レスラー」だったが、その卓越したセンスと、玄人も唸らせる抜群のレスリングテクニックを持っており、プロモーター、レスラーからも一目置かれる存在であった。
結果、TWINZ-2後の巡業での「ハウスショー」は、いずれの会場でも、きまらがメインイベンターとして試合を行い、興行を成功に導いていた。

そんな状況を嘆く、1人のレスラーがいた。セガサターン時代から活躍する古参のレスラー「ドラゴン殺法」であった。ドラゴンは、反則のまかり通るきまらのスタイルに憤慨し、我が物顔でTWINZのリングを暴れまわるきまらの姿を見て、
「あれはTWINZのリングじゃない」
と一人呟くのだった。

そんなある日、ドラゴンは「きまら主催興行」において、異様な光景を見た。マネージャーの「ドクハント」率いるきまらが試合をしている最中、観客の誰もがきまらを「守護神」として崇拝し、奉っている姿だった。

「サー・ハント! サー・ハント! 今夜も私たちの魂をメチャメチャにしてください」

観客の熱狂度はもはやMAXだ。

「なにっ! きまらが”守護神”で、それを創った”ドクハント”が神だというのか!!」

ドラゴンは愕然とし、そして続けた。

「20年以上の歴史を持つプロレスゲーム史上において、ベビー、ヒールの域なく支持された最初のレスラー、それがブルーザー・ブロディだといわれている。だが、その”ブロディ革命”ですら、10年以上の歳月を費やしたのだ。
しかし、やつの”きまら革命”は、わずか1年足らずでそれを成し遂げてしまった。やつは、プロレスゲームの歴史も塗り替えてしまったのか?」

そして、ドラゴン殺法は、一戦を退いていた、TWINZのリングに復帰することを決断。
自らきまらを倒すべく、トレーニングを再開した。

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第二部へつづく

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